2017 10/30

 この度、RED AND BLUE GALLERYでは味岡伸太郎展「富士山麓20景之内五」を11月10日(金)から開催します。今回の展覧会は味岡が富士山麓1合目付近20カ所から採取した土をつかった大判のドローイング20点の内15点を豊橋のギャラリーサンセリテ(会期11/3-26)、内5点を弊ギャラリーの2会場で展示します。

  長年にわたり味岡は採取した土に木工用ボンドを混ぜ綿布に定着させて「絵画」として発表してきました。昨年の「あいちトリエンナーレ2016」では「峠へ」と題し、愛知県と接する静岡、長野、岐阜、三重との県境70カ所の断層部分から採取した土による作品を発表し、壮大で豊かな土の世界を示しました。今回の採取地である富士山麓は、27年前に味岡にとって土に関わる事になったゆかりの地であり、また味岡が住む豊橋と東京の中間点としての象徴的な場所です。

  東京では久々となる味岡伸太郎展をぜひこの機会にご高覧くださいますようよろしくお願い申し上げます。

富士山麓20景

印野

  富士山麓20景之内 印野 (綿布・土 178×152cm 2017)

印野採取地

 

2017年の熱い夏が始まった。土との関係が始まったのも、1990年の熱い夏だった。

「富士山麓・上九一色村(現、南都留郡富士河口湖町)豊茂。その牧草地の草を剥ぎ、20m×6mの土を露出する。その中に60cm×17m深さ1mの溝を掘る。掘り出した土をふるいにかけ、石をサイズごとに選別して山にする。自然の大きさと強さと量に、うっかりするとくじけてしまう単調で体にこたえる時間が果てしなく続いた後に、土や石のサイズが違う5つの山が残った。我々が毎日足にする大地の見えない姿を教え、自我を捨て自然の在り方に身をまかせ、ひたすら行為することで自づと導かれる姿を確認する作業である。行為の終了した翌日の未明、富士の裾野から昇る日の出を受け、刻々変わる富士の色をバックにたたずむ、富士の火山灰や溶岩で出来上がった5つの山。これも、まぎれもなく富士の一つの姿であった。(富士山麓地質調査/1990年8月25日)」

 あれから、すでに27年。土との関係も深まり、再び、富士山麓に土を求めた。今回のプランは富士を右に見て一周、露出した地層から、一地区、天地左右、約45cmピッチで3行3列、計9種の土を採取し、約160x180cmの綿布にドローイングする。

 東京と愛知県豊橋市で同時に発表する。その中間点の象徴的な場所として、富士を選ぶことに時間は必要なかった。おおよそ山麓の一合目を目安に一周し、工事や自然の崩落、浸蝕で露出した地層を探して採取する。

 27年前の豊茂にも再び訪れた。辺り一面牧草地で土は露出していない。富士の一合目は牧草地も山林も皆富士に向かってなだらかな傾斜地である。土の採取出来るところはほとんどない。それは、自然がのこり、破壊が進んでいないということでもあり、古くに開け安定した土地ということでもある。

 なんとか、豊茂でも採取した。その他、20地点で採取することができた。富士山の周辺は、当然とはいえ、富士の噴出物が堆積したものである。その多くは濃い茶色から黒である、色の変化は少ない。そのことは、27年前の「富士山麓地質調査」の経験で分かっていた。その通りの土が採取された。

 地層を選ぶことはない。採取可能な地層があれば、迷わず採取する。色彩は描くことによって生まれ、実体を持つものである。実体を持つ色が大地に広がっているのではない。土そのものの色調が豊かならば、目はそちらを見がちである。しかし、その変化が些少であれば、かえって目は描く行為に向かうだろう。

 20地点で20作品。内、東京に近い地点で採取した土による5点が東京、残り15点を愛知県豊橋市で展示する。土を求めて彷徨った五日間、右手に見えるはずの富士は一度も姿をみせなかった。これから始まるドローイングの日々は、私もこの夏、初めて見る豊かな富士となるだろう。

(富士山麓20景/2017年8月6日)

 

味岡伸太郎プロフィール

1949 / 愛知県豊橋市生まれ 「美術に係わることでデザインが大衆に迎合しない。デザインに係わることで美術が社会との接点を見失わずにすむ。 美術とデザインが造る山の稜線上を歩け。どちらへ足をとられても谷に落ちる」画家・山口長男からなげかけられた言葉 が活動の基準になっている。 現在は精神的にも、物質的にも自然を主題にした美術と、タイプフェイス・タイポグラ フィを主にしたグラフィックデザイン。建築のデザイン等を並行して続けている。

【主な個展】

1972 / 1977 / 紅の木画廊、豊橋

1979 / 1981 / ギャラリーL、豊橋

1980 / かねこ・あーとギャラリー、東京

1982 / 座北島、豊橋

1983 / 鎌倉画廊、東京

1986 / 1987 / 1994 / 2000 / 双ギャラリー、東京・吉祥寺

1989 / 西武百貨店、豊橋

1990 / 1992 / 1993 / 1994 / 1995 / 1996 / 1997 / 1998 / 1999 / 2000 / 2001/ 2002/ 2003 / 2004 / 2005 / 2006 / 2007 / 2008 / 2009 / 2010 / 2012 / 2013 / 2014 / 2015 / ギャラリーサンセリテ、豊橋

1992 / 1996 / Galerie Tiller、ウィーン

1993 / 1994 / 1995 / NICAF YOKOHAMA / パシフィコ横浜、横浜

1997 / NICAF / 東京ビックサイト東京国際展示場、東京

1999 / NICAF / 東京国際フォーラム、東京

1994 / アートフェラーナ、浜松

1995 / INDEX GALLERY、大阪

1995 / 2001 / GALLERY APA、名古屋

1999 / 2002 / GALLERY HIRAWATA、藤沢

2000 / 夢創館、神戸 2000 / TAKADA Gallery、San Francisco

2001 / 2003 / ギャラリーなうふ、岐阜

2004 / アートフォルム佐鳴湖VIEW、浜松2014 /

ギャラリー入船、豊橋

【その他のグループ展、アートフェアなど】

1975 / 1976 / 1977 / 墨人展(書) / 京都市美術館

1978 / 等迦会展 /瑛九賞 / 東京都美術館

1979 / 現代日本美術展 / 東京都美術館・京都市美術館

1982 / 舞「神座」 演出・舞台衣装 座北島、豊橋 / 中田島砂丘 / 西武 City8、浜松

1982 / 日独芸術交流展 PERFORMANCE「目と耳と口」 / 西武 City8、浜松

1988 / 色・形・音をめぐっての三週間 / 双ギャラリー、東京

1990 / WAVE OF ENERGY / 富士山麓、山梨県上九一色村

1991 / 「無冠の表現回路 エコロジーアートへ」展 / 名古屋電気文化会館 COLOR SAMPLE 採集地:豊橋/高塚海岸~嵩山町

1991 / 1992 / 「自然との対話・自己との対話」 / 稲沢市荻須記念美術館

1992 / 二つのモニュメントのプロジェクトと新作展 / ギャラリーサンセリテ、豊橋

1992 / モニュメント / 愛知県立豊橋西高等学校

1993 / インスタレーション / 豊橋市立吉田方中学校、豊橋

1993 / インスタレーション / 茨城県岩間町岩間分校跡、茨城県岩間町

1994 / コラボレーション(多田正美) / ギャラリーサンセリテ、豊橋

1995 / 日本現代美術作家7人展 ブルガリア国立聖キルリ&メトディ美術館、ブルガリア・ソフィア

1995 / SOH 10周年展・連鎖・SIX ARTISTS“連環” / 双ギャラリー、東京

1996 / 現代日本のアート7つの点 ハンガリー国立民族博物館、ブダペスト日墺現代美術作家交流展 ニーダーエースストライヒ モダンアートドキュメント センター オーストリア・ザンクト ペルテン

1997 / 表出する大地展 / 広島市現代美術館、広島

1998 / 国島征二・味岡伸太郎展 / 美浜の家、愛知・美浜

1998 / 「日本画」純粋と越境・90年代の視点から / 練馬区立美術館、東京

2000 / 市制50周年記念 アートでたんけん!絵画の世界へ 刈谷市美術館、愛知・刈谷市

2003 / NATURE WONDERLAND 2003 / 愛知こどもの国、 愛知・幡豆町

2004 / アートフォルム佐鳴湖VIEW エントランス、浜松

2005 / 双ギャラリー20周年連続展 / 双ギャラリー、東京

2009 / Shanghai New Ink Painting Art Exhibition / 多倫現代美術館、上海

2010 / 双ギャラリー25周年記念展 / 双ギャラリー、東京

2012 / あいちトリエンナーレ地域展開事業「現代美術展inとよはし」豊橋市美術博物館、豊橋 土祭 / 栃木県益子町石蔵 現代美術展ART田ノ嶋39 / 愛知・新城田ノ嶋、ギャラリーサンセリテ・豊橋、双ギャラリー・東京、アートフォルム田町サロン・浜松

2014 / インスタレーション〈「穹」愛知ノートバージョン〉 / 愛知・新城田ノ嶋

2015 / 愛知ノート -土・陶・風土・記憶- / 愛知県陶磁美術館、愛知県瀬戸市

2016 / あいちトリエンナーレ2016 / 愛知県美術館

2017 / ワークショップ「陶磁の魅力丸ごと体験事業「土の色発見・楽焼作りと茶会体験 土・色・茶の湯」

収蔵 豊橋市美術博物館

 

2017 09/20

この度、RED AND BLUE GALLERY では日本では初めての展覧会となる韓国人作家 チャン・ヒジョンの個展、「A White Lie」を10月11日より開催致します。彼女は、韓国とアメリカにて美術を学んだのち、国内外での様々な活動(個展、グループ展、アートフェアなど)を展開しながら、韓国国内の美術大学などで次世代のアーティスト育成にも携わっております。数年前より韓国で人気上昇中の、写真と絵画の組み合わせてミクストリアリティーな現代を表現した本シリーズを、この機会にぜひご高覧ください。

HeeJJ_011Arrangement White, gray, pink   Mixed media on canvas 50×42.5cm 2017

 【作家ステイトメント】

 私の作品は、写真と絵が交ざっています。花の絵の場合は、まず花の写真をキャンバスにプリントし、その上から半分のみ油絵の具でなぞるようにして、この作品が写真なのか絵なのか分からないように、質感の差による紛わしさをあえて感じられるようにしています。この作品を遠くから観ると一般的な花の絵のように見えますが、近づいて観ると、実写と絵画の合成だということが分かるようになっています。写真の上に描いた油絵は、完璧な錯覚で観る人の目を混乱させ、実像と虚像の境界で揺らぎながら、バランスを取っていることを表現したいと思いました。私は大きいサイズの花の絵を描きたいと考えた時、ジョージア・オキーフの百合の花の絵が頭に浮かびました。彼女は、観る人は大きな花の絵を観賞する時、絵に近づいて観るため、花を拡大して描いたと言いました。私も同じ考えでしたが、彼女と少し違ったのは、観る人が花の絵に近づいて観ると、全体の形を一目に把握するのではなく、まるでデザイン作品を観るように一部分の色の組み合わせだけを観るのではないかということでした。

 ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラーの「灰色と黒のアレンジメント-母の肖像」は、誰が観ても白い壁を背景としていて、黒のドレスを着ている女性の全身を実写的に描いた肖像画ですが、作品のタイトルによって、平凡な油絵がまるでデザインの色の組み合わせかのように見るものを考えさせ、絵画の伝統性を否定していることを、逆接的に見せています。私がホイッスラーの作品のタイトルから感じたことは、絵という物は、ただの彩りの塊だということ、本人の花の作品の数々は、花は主人公ではなく、単なる絵の具という材料と彩りだという考え方で、花のシリーズの制作をするようになりました。

 本の絵も花の絵と技法が同じです。主に、白い布切れや本の断面のように繊細な味が出る部分はそのまま残し、なめらかな質感が感じられる白磁や本の表紙などは、油絵の具で2〜3回なぞって描きました。カラフルな有名作家の画集と、シンプルな白磁は、それぞれ西洋と東洋を表現しているオブジェとして考えています。二つの相反するオブジェから感じられる二面性を、色の組み合わせという観点で解析した作品です。

 本の作品の中には、世界的なベストセラーの作家である村上春樹さんの本が素材として登場している絵もあります。人々は、彼の読みやすい小説をあまりにも大衆的だと過小評価している傾向があるかも知れません。しかし、このような点が、彼の作品はフィクションだが、彼の作品の中に本当の世界があるのではないだろうかと考えさせているのではないでしょうか。私もこのように、極めて平凡であるにもかかわらず、その中にある二面性を自分の絵に応用したいと思っています。

 私の作品は、実際に描いた部分と描いていない部分が区別されておらず、一つの絵ではありますが、実像と虚像の境界が曖昧になっています。このような二面性がファインアートと商業デザイン、東洋と西洋、現実と超現実などを代弁し、私たちが住んでいる世の中は、本物と偽物が混合していることが伝われば幸いです。

betweenwhiteandblue

Between White and Blue    Mixed media on canvas 65×50cm 2016

 【主な個展】

2015年  Perfect Lying, Yoomijae Art Park, YangPyong

2012年  Romantic Fake, KAIST supex hall, Seoul

2008年  Perfect Lying, Gallery Jant, Bundang

2007年  There is a Pop Art in the Eastern painting, gallery doll, Seoul

2006年  Flower, Print & Paint, gallery doll, Seoul

2005年  Mai Gallery, Mai Medical Center, llsan  (Sponsored by Gyeonggi Cultural Foundation)

2005年  Seo 1st Young Artist, Seo Gallery, Seoul

2004年  Ewha Woman’s Uni Leadership Center, Seoul

2004年  ilmin Museum of Art Cafe imA, Seoul

2003年  Manif 9!03, Seoul Arts Center, Seoul

2001年  Repeatable, Ssamzie Space, Seoul

2001年  3th Solo Exhibition, Hello Art gallery, Seoul

1997年  2th Solo Exhibition, Insa gallery, Seoul

1996年  1th Solo Exhibition, Catch 22 gallery, New York

 【その他 グループ展、アートフェアなど】

2017年  Spring is holding Flowers Gallery SeoJong, Yang

2017年  K2 Art Project, K2 CS Center, Seoul

2017年  2016 35th Korea Galleries Art Fair, Coex, Seoul

2017年  New Year, Gallery SeoJong, Yang Pyong

2016年  Small work, Gallery Joeun, Seoul

2016年  Christmas small works, Far beyond Gallery, Seoul

2016年  The 15th Korea International Art Fair(KIAF), seoul

2016年  Affordable Art Fair, The Metropolitan Pavilion, New York

2016年  Behind The Image, DogokstarPBcenter, Seoul

2015年  The 14th Korea International Art Fair(KIAF), seoul

2015年  Asia Hotel Art Fair, Marco Polo Hotel, Hong Kong

2014年  The 13th Korea International Art Fair, seoul

2014年  Contemporary art fair, Hotel seoul Ulsan, Ulsan

2014年  Interpret, Far Beyondgallery, Seoul

2013年  Between Mirrors, Ewha Art center, Seoul

2013年  WHITE SALE with sovereign, SeoulAuction, Seoul

【パブリックコレクション】

ssamzie(ソウル 韓国)

Indian Head Foreigner School(ソウル 韓国)

Capital one Group(アメリカ合衆国)

Mai medicine art & innovation(ソウル 韓国)

Seo Gallery(ソウル 韓国)

Seoul Auction(ソウル 韓国)

Morrison&Foerster LLP-Law Firm in U.S.A(サンディエゴ アメリカ合衆国)

ZEPHYROS Golf Club(済州島 韓国)

Korea Bond Pricing& Korea Ratings Co. (ソウル 韓国)

MANAS Art Center (楊平郡 韓国)

KAIST Business School (ソウル 韓国)

Kim Chan Hospital (水原市 韓国)

2017 07/04

7月18日から29日まで小作志野「十二支の記念碑」を開催致します。

「手」を素材としたモノクロームの平面作品による空間演出を試みた昨年の個展に引続き、今回は作家のもう一つのライフワークとも呼べる年賀状制作から始まった干支をテーマとした12作品(年1作12年間を経て遂に完成)すべてを展示する初の展覧会です。

このシリーズにおいても作家が考えている最終の完成形は縦4mの巨大なモニュメントとも言える平面作品を同一空間に12点展示するという壮大なインスタレーションであり、その全体像は想像する事しか出来ません。

本展では縦1mサイズの十二支12点を一同に展示します。壮大な空間演出のスタディーモデルとは言え、限定されたテーマに対して自ら課した制約の中、極度に抑制されたモノクローム表現でこそ生まれる静謐な緊張感が溢れる平面作品群です。

12年間以上を費やし、毎年その年の干支を丹念に形作った作家の執念ともいえる本シリーズを堪能頂けるまたとない機会となるでしょう。

是非この機会にご高覧下さいますようお願い申し上げます。

ozaku-dragon                                                           The monument in Dragon year   2012 Digital Print 

 
 作家コメント
  作品の背景
 色彩よりもモノクロームの世界で、より自由度と深みのある取り組みができると感じてきた私は、黒い    色面を空間と見立てた作品を発表してゆく中で、< 歴史上の人物 >シリーズ(1993-1998年)のあと次のテーマとして< 手 >を選んでいました。子供の頃からそれまでに制作してきた作品を思い起こすと、数年ごとに何かしら< 手 >が表現の主役や脇役で登場していたからです。
これは、きちんと< 手 >と向き合うことで、無意識の層でかすかに捉えているものを具現化できるのかもしれない。すくなくともこれだけ繰り返しているのだから飽きないはず。そう思ったのです。
 
 また当時は、銀塩フィルムでとらえたイメージをバラ板印画紙に定着させることでフィニッシュとしてきた制作方法から、コンピュータ出力によるプリントへと移行する必要性を感じ始めた時期でもあり、この探求は、2001年からのデジタル出力への移行実験を経て、2005年の個展で初めて< 手 >シリーズとしてまとまった形で姿をあらわします。
 
 一方でこのような個展発表のシリーズ作品とは別に、長年続けてきた年賀状作品の系列があります。それは9歳の頃、母方の叔母で 絵本作家の故まついのりこ氏がその当時自宅で開いていた子供の絵画教室の”木版画で年賀状を作ろう”の回に参加したことからはじまります。その後、その時にできる技法で1年1作を目標にコツコツと年賀状作品を作り続ける中で、今回参考展示させていただく< 円卓の十二支 >(1993年-2004年/リノカット)が完成しました。 そしてこのシリーズが終わった時、次の年からの年賀状シリーズをどうするのか? という問題に突き当たります。
 
 その頃< 手 >の作品は、平面作品としての自由度やリアリティに加え、デジタル出力に変更したために得られた感触、つまり伝統的な絵画が持つ最初に決定した画面サイズから大きく変更することが不可能な点や、写真プリントの持つ絵画ほどには形や距離感を変えられない点、また層状の時間を持ち得ない構造などからの解放。そしてこれらに加え、人間が感覚できる領域よりもはるかに大きな世界をかい間感じさせるシステムとしての作品になりつつあるとの実感が融合し、モチベーションが持続できるシリーズとなってきていました。
 
 その流れの中から、< 手 >の派生作品として次の年賀状シリーズを制作することで、これまでとはすこし異なった可能性の枝葉をのばすことを思いつきます。
 
 ご存知のように、コンピュータは約2ヶ月で技術が更新され続ける変化の速い分野です。果たしてコンピュータ内でデータを組み上げ、デジタル出力するこのシリーズを12年間続けることが技術的、あるいは設備的経済的に自分に可能か? 2-3日あれこれ考えましたが、結局冒頭に書きましたイメージが鮮明だったために次の12年の一歩を踏み出し、年賀状としては遅れつつもようやく完成に至りました。
 
 このように振り返ってみると、私の作品制作において、< 十二支の記念碑 >はそれまで別々の系統であった「手」のシリーズと年賀状シリーズの交点に位置しているようです。
     
    作品の構想
 < 十二支の記念碑 >は、< 手 >の派生作品として、その干支生まれの人々による記念碑をイメージしたシリーズ作品です。理想的には縦4mほどのサイズで出力し、ランダムに天井から吊るしてスポットで照らし、その暗い空間の中央に< 円卓の十二支 >を載せた円卓を配置する。そのような複合インスタレーション作品の重要な部分として構想されました。
 
  今回は縦1mのバージョンで出力し、すべての干支がそろって展示される初の機会となります。RED AND BLUE GALLERYの研ぎ澄まされた空間と、どのような相乗効果を生み出せるのか? 作者の私も楽しみにしています。 
 
 余談ですが、< 十二支の記念碑 >のイメージは、こどもには難なく干支の動物として捉えられるのですが、大人となると不思議な事にどう見ても手の集合体にしか見えないとおっしゃる方もいらっしゃいます。
 ご覧いただければ幸いです。
 
 作家略歴

1964 東京に生まれる
1983 東京都都立芸術高校美術科絵画科(油画)卒
1990 東京芸術大学美術学部絵画科油画科専攻卒業
1992 同大学大学院美術研究科版画科修了
1992~93 同大学美術学部工芸科金工専攻鍛金科研究生
1997~2006 同大学芸術情報センター非常勤講師 (コンピュータリテラシー・CG)

主な展覧会

1995「個展」写真 ⁄ 人物 ギャラリー イン ザ ブルー(宇都宮)
1996「個展」写真 ⁄ 人物2 工房 “親”(東京 恵比寿)
1997「個展」写真 ⁄ 人物3 工房 “親”(東京 恵比寿)
1998「個展」写真 ⁄ 人物4 ギャラリー工房 “親”(東京 恵比寿)   VOCA展’98(上野の森美術館)
1999「個展」<幾つかの試み>ギャラリー イン ザ ブルー(宇都宮)
2002「環境芸術学会 作品発表展覧会」淡路景観園芸学校(淡路島)
2005「個展」<手>ギャラリー イン ザ ブルー(宇都宮)環境芸術学会 作品発表展覧会」札幌メディアパーク ⁄ スピカ(札幌)
2007「個展」<手2>巷房(東京 銀座)
2008  環境芸術学会 第9回大会「研究発表」「エキジビション」東京藝術大学大学院映像研究科  新港校舎(横浜)
2009「個展」<手3>巷房・2(東京 銀座)「個展」<手2007-2009>ギャラリー・イン・ザ・ブルー (宇都宮)「個展」<手2007-2009>現代HEIGHTS Gallery Den (東京 北沢)
2011「個展」<手4>ギャラリー巷房・2(東京 銀座)
2012「開廊20周年記念展」ギャラリー・イン・ザ・ブルー (宇都宮)
2014「個展」<手5>ギャラリー巷房・2(東京 銀座)
2016「絵画/空間演出/モノクローム 小作志野展」RED AND BLUE GALLERY(東京 新富町)
2017「年賀状展」<円卓の十二支> ギャラリー巷房・2(東京 銀座)
2017「小作志野 年賀状展」ギャラリー・イン・ザ・ブルー (宇都宮)
 

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                             The monument in Ox year   2009 Digital Print

2017 05/09

この度、5月20日(土)より松下誠子展「革命前夜」を開催致します。
是非ともご高覧頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。
Print
革命前夜(作家ステイトメント)
Security blanket (セキュリティ・ブランケット)とは、安心感を得るため幼児がいつも手にしている毛布の事と辞書にある。幼児は成長するにつれて執着しているものから離れていくが、大人になってからも安堵感を得るために執着するものや行為を見出すことがある。私が制作において、セキュリティ・ブランケットを根底のテーマにおいているのは人間の全体性に近づくためである。個はあらゆるものを内包する全体性に包まれ関係づけられ、群居本能により集団であったり民族であったり、また社会や国家といった組織を形成し、その隅々までに安心防衛毛布の痕跡を露出する。
真理の定義がないのと同様に人間の全体性にも定義はなく特定できるものではない。それ故人間の全体性に近づくためには、生の次元から出発しなければならない。
形は概念、哲学といったものからではなく既にこちら側の体内にある。私の意図と感覚に共振が起きれば、形の中にある躍動物が像が結ぶ。そして私の内部に宿る物象化される種が様々な機能と終結して、より視覚的な過剰を生むことになる。
セキュリティ・ブランケットの解釈を拡散すれば、ワックスの内部は制度から外れた”赦される庭”となる。時間と時間の狭間、空間と空間の狭間、不如意な身体も反乱の試みは赦される。社会から押し寄せる闇、記号、言語を遮断し進化を止める。その内部で魂の情感は熟成し、明日の燃える時を待つ。慈愛のクチバシで武装し世界(社会)に向かう。
今夜は「革命前夜」なのである。
赦される庭
松 下 誠 子
1950年北海道函館市に生まれる 大学卒業後、佐藤碩夫氏に師事し金工を学ぶ
1984年から個展を中心に立体, 油彩, ドローイング, 写真, vide work, パフォーマンスを発表
神奈川県藤沢市在住
(主な個展)
1992  インフォミューズ, 東京(1996, 1997)   微笑, ギャリラリーK, 東京
1994   Coupling, タニシマギャラリー, 東京   球に向かう瞬間の中有, ギャラリー日鉱, 東京
1997   微妙な消息, ギャラリ-・ルデコ, 東京
1998   遅滞, ギャラリー・クラマー, 東京
1999   ガレリアキマイラ, 東京
2000   Self Portraits, アンザイアート・オフィス, 東京
2001    Zone of Retardation, ギャラリー・モニカプレス, ゾウリンゲン, ドイツ
2004   微妙な消息, 双ギャラリー, 東京(2007, 2009, 2012 )
2010    INNER - 彼女は自分の事で忙しい, Soh Gallery K3, 東京
2014    わたしの中の異物 -ヴァイオレンス, 東邦画廊, 東京   赦される庭, Hasu no hana, 東京
2016    企てる庭, ALELIER・K, 横浜

 

 

2017 03/07

この度、島 州⼀展「⾔語の誕⽣ 添景」を3⽉18⽇より開催致します。

作家が20年前から継続して制作している油彩作品「⾔語の誕⽣」シリーズが、あらたに顔などのアイコンを描き加えることによって鮮やかに、より若々しく⽣まれ変わりました。

是⾮ともご⾼覧の程、宜しくお願い致します。

240tenkei 「 ⾔語の誕⽣240添景 」綿布にテンペラ、油彩 65.2×80.3cm(F25) 2001 / 2016

 

島 州⼀(しま くにいち)

1935年 東京都麹町⽣まれ。多摩美術⼤学絵画科卒業。

1969年 カルピスの商標である⿊⼈の扮装で画廊に座り、⾃分⾃⾝を作品とする。

1970年代、写真製版を使った⽴体版画で国内外で多くの賞を受賞。⾏為を作品化する。

パフォーマーとしても特異な存在。⽥中⾓栄と周恩来の顔を⼀万個のさざれ⽯に刷り、展覧会終了後川に返す「⽯の版画」は代表作の⼀つ。サンパウロビエンナーレ、シドニービエンナーレなどの国際展の⽇本代表。

1980〜81年 ⽂化庁芸術家在外研修員として欧⽶に留学。

1970年代はBゼミスクールで造形的表現⾏為のゼミを持ち、1980年代は東京芸術⼤学で版画の、2000年代は武蔵野美術⼤学にて油絵の⾮常勤講師を勤める。

現在は油彩、⽔彩を中⼼に発表。美術館での講習、講演の経験も多く持つ。作品は国内外の多くの美術館に収蔵される。

1994年より浅間⼭連峰の裾野、⻑野県東部町(現在の東御市)にアトリエを構え移住し、現在に⾄る。

昨年、埼⽟県⽴近代美術館にて「アーティスト・プロジェクト: 島州⼀ 世界の変換と再構築」が開催され、今年2月18日より4月16日まで東京ステーションギャラリーで開催されている、「パロディ、⼆重の声 ―⽇本の1970年代前後左右」において70年代の作品「IF」を出品中。